吉川俵右衛門の顕彰碑

大和川の付替えで船の出入りに支障をきたした堺港。江戸浅草の商人俵右衛門が20年がかりで修築、現在の堺旧港の原型をつくった功績を称え、堺港をみおろす北波止町に顕彰碑が建設されました。

吉川俵右衛門は宝永元年(1704年)の大和川の付替え以来、土砂がたまり船の出入りに支障をきたしていた堺港の修築に功績のあった人物です。俵右衛門は江戸浅草の商人でしたが、商用で訪れた港の様子に一念発起し、堺商人の協力もとりつけて寛政初年(1790年)頃に修築を開始します。多くの困難を乗り越え、文化7年(1810年)までのおよそ20年がかりで工事は完成し、現在の堺旧港の原型がこの時つくられました。
明治33年(1900年)俵右衛門の功績を称え、堺港をみおろす北波止町に顕彰碑が有志の手により建設され、2000年には顕彰碑周辺を整備し説明板をリニューアルしました。新しい堺旧港のシンボル「龍女神像」も間近で見ることができます。

所在地

堺市堺区北波止町

アクセス

南海線「堺駅」下車

近隣マップ

あなたは旧式のブラウザをご利用中です
このウェブサイトを快適に閲覧するにはブラウザをアップグレードしてください。